本日の全国戦没者追悼式の安倍晋三の言葉に違和感

安倍晋三の式辞は相も変わらずこの7年間加害責任に触れなかった。戦争体験がない安倍は祖父や父親から戦禍の悲惨な状況を教えてもらわなかったのか。そして尊い命が失われた土地を訪ねたり、被災した人々の声を聞いたり、自ら戦争とは何かを追い求めるなどの努力をしなかったのか。海外に外遊するだけで外交はせずの無駄な血税を浪費する時間があればいくらでも可能だったはずである。外遊で何が成果が期待できるのか推して謀るべき。地球儀を俯瞰する外交の安倍とは聞いて呆れるばかり。それに要した何兆円もの経費はそっくり自費で国民に返済してもらいたい。一国の総理が国民を代表して加害責任に触れることは河野談話や村山総理の謝罪発言を踏襲すべきが当然である。正にこの男が歴史修正主義と言われる所以である。一方天皇陛下のお言葉は一貫して遺族をいたわり、国の内外に戦没者の慰霊を重ね不戦を願う心からの哀悼の情であった。国民が尊敬し畏敬の念を表すのは安倍ではなく天皇陛下であることは常に向き合う姿勢である。血も涙もない冷血の安倍と呼ばれるのはここの違いである。これからの総理は人間の温かい血潮が流れている者を選ぶべきだ。一刻も早く追放すべき国民の敵である。